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2010年04月06日

疾風に会いたい!

高速どこまで乗っても1000円!?

よし車で行こう

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という流れで片道800km運転して行ってきました。
知覧へ。
※写真は復元された隼です。


前日指宿に宿泊し、そこから知覧へ向かったのですが、気合い入れて早く出たら開館前でした!
というわけで少し平和会館の周りをブラブラ。

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知覧の町にはたくさんの燈籠がありました。
特攻隊員たちの数になるまで増やしているそうです。

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そういえば知覧はお茶でも有名なのでした。この旅ではずっとお茶を飲んでいましたが、本当に美味しかったです。
熱いお茶って飲むと本当にホッとしますよね。

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平和会館の外には、映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」の撮影のために製作された一式戦闘機「隼」の姿が。
※疾風は隼の後につくられた“四式”戦闘機です。間には二式の「鍾馗(しょうき)」、三式の「飛燕(ひえん)」がいます。そして“五式”戦闘機が前に紹介したこちらです→五式戦闘機

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ビックリするくらいよく出来てます。

ちなみに映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」は“特攻の母“として知られる鳥濱トメさんの視点から特攻隊員を描いた映画です。
鳥濱トメさんって誰? って思った方はggr…後でちゃんと説明しますw

トメさんのことを知りたい方は映画を見るのもお勧めです。とてもおもしろかったですし、トメさんの生き様がすごく伝わってきました。

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その他、平成17年まで航空自衛隊で使用されていたT-3や、特攻隊とトメさんの銅像なんかがあります。

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トメさんと隼。

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さらに平和会館の隣にある野球場には、当時使用されていた給水塔が残されていました。
たくさんあった給水塔のうち、今も残されているのはこれだけだそうです。

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こちらは弾薬庫。野球やっていた方が入ってしまいました…申し訳ないです。

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このあたりで開館の時間が来たのでいざ!
日曜だったせいか、開館直後にも関わらずたくさんの人がいました。

世界でここにしかない本物の疾風。
…が…写真撮影不可!
つД`)・゚・。・゚゚・*:.。..。.:*・゚
それにしてもスレンダーなボディと可愛すぎる4枚プロペラがたまらなく素敵です疾風。
ちなみに疾風は陸軍戦闘機では唯一の4枚プロペラです(通常は3枚)。

疾 風 の 翼 の 下 で 寝 起 き し た い

ちなみに館内には零戦、飛燕、そして撮影のために製作されたもう一機の隼もありましたが、どちらも撮影不可でした(´Д⊂ヽ

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ショックだったので黒豚食べました。
黒豚うめえええええええええええええええええ
黒豚食べて元気が出たところで、再入館。平和会館は一度入館すると、その日の間なら何度でも出入りできます。

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中を十分見た後は、外にある三角兵舎へ。
ここは特攻隊員が、特攻日までの短い間を過ごした場所だそうです。

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復元ですが、当時の雰囲気は十分伝わってきました。

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この日は鳥濱トメさんの宿、富屋旅館さんの本館に泊まりました。

鳥濱トメさんとは、知覧のこの場所で富屋食堂を営んでいた女性です。
その食堂が第二次世界大戦時、陸軍の指定食堂になったこともあり、飛行隊員たちがよく遊びに来ていたのだそうです。
まだ二十歳そこそこの若者たちですから、きっとトメさんを母のように慕っていたのでしょう。またトメさんも彼らを本当の息子のようにかわいがりました。
とはいえ、時はWWⅡ…飛行隊員たちはいつしか特攻に行く運命を背負うのでした…。
それを見送らなければならなかったトメさん、行かなければならなかった隊員たち。

そういう歴史が、この富屋旅館には詰まっているのです。

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富屋旅館さんには新館もあり、今はそちらが宿泊施設としてはメインになっているようですが、せっかく知覧に泊まるのなら本館がお勧めです。写真は本館の玄関内部です。

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本館はバストイレがついてないタイプの部屋しかないため人気がないのか、私が泊まったときはお客さんは私たちだけでした。写真は私たちが泊まっていた部屋。
しかしそのおかげで富屋旅館のスタッフさんが、特攻隊やトメさんのお話をたくさんしてくださいました。

特攻隊の方が遊びに来て束の間の休息を得ていた部屋や、トメさんが生前、毎日お祈りをしていた仏間など、お話を聞きながら様々な部屋を見せていただきました。
すべて撮影不可(被写体入りならOKの部屋もある)だったため写真は公開できませんが、特攻隊のことを知りたいと思っている方は泊まってみてはいかがでしょう。
忘れられない一泊になりました。

翌朝もまた少し説明をしていただきました。

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左の写真は、トメさんが空襲の時に逃げ込んでいた池。本来は防空壕に逃げなければならなかったそうですが、トメさんはあえてここに身をひそめていたのだとか。
右の写真は、朝鮮人で特攻隊員であった卓庚鉉(光山文博)さんとトメさんの写真にも映っている、富屋旅館の門を移築してきたもの。

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ちなみに富屋旅館の隣には、復元された富屋食堂があります。
内部には当時食堂で使用されていたものや、特攻隊の方々の遺品などが展示されていました。
内部は撮影禁止だったためこちらも写真はありませんが、知覧に行った時はぜひ立ち寄ってみてください。

※知覧で撮影禁止が多いのは、特攻隊の方々の写真や遺品などの展示が多く、彼らの肖像権を守るための措置です。

疾風に会いにいくという目的で行ったのですが、それ以上にいろいろなものを得ることができました。
皆さんもひとっ走り行ってみてはいかがでしょう?

m_kazusa at 15:57│Comments(4)TrackBack(0)鹿児島 | 戦闘機

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この記事へのコメント

1. Posted by seiji   2011年06月24日 00:12
5 はじめまして。

僕も戦闘機&カメラ(&サッカー)好きです。

疾風の実物があるんですね。

今は海外に住んでいますが、僕も知覧には一度行きたいと思っています。

しかし、特攻の町・・・年端も行かない少年たちのその時の気持ちを考えるといつも胸が熱くなります。
2. Posted by raimei   2011年08月13日 21:44
5 はじめまして。
自分も戦闘機が好きで、大和博物館や浜松航空自衛隊広報館へ零戦を見に行きました。疾風は昔、京都の嵐山に歴史博物館があったときに展示してあったものかもしれませんね。そこでは撮影できましたけど・・・。自分も特攻隊のことを思うと胸が熱く涙がでてきます。
3. Posted by かずさ(管理人)   2011年08月25日 18:20
>seijiさん
初めまして!
戦闘機とカメラ好きとは、なんという仲間・・!

知覧は本当に考えさせられる町でした。
そして当然疾風もすてきだったので、ぜひ日本に来られる際は行ってみてください♪

>raimeiさん
初めまして♪
疾風、京都にもあったんですねー!
一応「唯一の」ときいていますので、同じものかもしれませんね。
撮影不可になっちゃいましたがorz
そして知覧はやはり日本人として、一度はいっておくべき町のように思いました。
ちょっと行きづらいですが…;
4. Posted by alpha   2017年08月22日 17:23
1 こちら疾風ではなく隼ですよ

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